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タラサ志摩ホテル&リゾートは、日本で初めて本格的なタラソテラピーを取り入れたリゾート施設として知られた宿でした。
結論から言うと、星野リゾートは2009年12月から運営を任されていただけで、2011年にその役目を終えて手を引いています。
ここで混同されやすいのが、星野リゾートが離れたことと、施設そのものが売られたことは別々のタイミングの出来事だという点です。
建物と土地が大江戸温泉物語へ渡ったのは2018年で、星野リゾートが運営から外れた7年後にあたります。
この記事では、誰が持ち主で誰が運営していたのかを分けて整理しながら、いまのTAOYA志摩がどんな宿になったのかまで見ていきます。
①:星野リゾートは運営受託で2011年に終了
②:施設売却は2018年で撤退とは別の話
③:現在はTAOYA志摩として営業が続く
④:温泉中心の宿へ変わり料金帯も下がった
タラサ志摩の星野リゾートの撤退の背景と経緯
プレミアムホテルの世界線
- タラサ志摩ホテルの売却の経緯
- 撤退・潰れたと言われる理由
- 星野リゾートが撤退する確率と判断基準
- 現在は「大江戸温泉物語 TAOYA志摩」に
- 平成の思い出としてのタラサ志摩
この章では、持ち主と運営者が何度も入れ替わったタラサ志摩の歩みを、年月を追いながら順番にほどいていきます。
タラサ志摩ホテルの売却の経緯
タラサ志摩が開業したのは1992年8月で、セゾングループの西洋環境開発が抱えていた志摩東京カウンティという会社が事業主体でした。
セゾングループを率いた堤清二の肝いり案件として進められ、開発には約250億円が投じられたと伝えられています。
ところが親会社の西洋環境開発が2000年に特別清算を申し立て、資金の供給元を失った志摩東京カウンティは翌年に民事再生法の適用を申請しました。
このときの負債総額は191億6千万円で、志摩芸術村という大きな構想そのものが止まった瞬間でもありました。
その後は美術品販売を手がけるアールビバンが買収し、以後17年にわたって施設を保有し続けます。
最終的にアールビバンは子会社が持っていたリゾート事業を大江戸温泉物語へ譲り渡し、譲渡価額は15億3000万円と開示されました。
下記の表は、持ち主と運営者がどう入れ替わってきたかをまとめたものです。
| 時期 | 持ち主 | 運営していた会社 |
|---|---|---|
| 1992年8月 | 志摩東京カウンティ | 志摩東京カウンティ |
| 2001年 | アールビバン | 全日空ホテルズへ委託 |
| 2003年7月 | アールビバン | アールビバンの直営 |
| 2009年12月 | アールビバン | 星野リゾートへ委託 |
| 2018年10月 | 大江戸温泉物語 | 大江戸温泉物語 |
こうして並べてみると、星野リゾートが関わったのは長い歴史のなかのごく一部だったことが分かりますね。
撤退・潰れたと言われる理由
撤退という言葉から倒産を思い浮かべる人は多いのですが、タラサ志摩で起きたことはそれとは違います。
星野リゾートは2009年12月1日から運営を引き受け、子会社の志摩ホテルマネージメントが現場を担当していました。
そして2011年に運営から離れましたが、施設はその後も宿泊施設として営業を続けています。
星野リゾートが手を引いた具体的な理由は、当事者から詳しい説明が出ておらず、はっきりした形では確認できません。
ただ、持ち主だったアールビバンの開示資料には、宿泊者数と客単価を伸ばせず営業損失が続いていたという説明が残されています。
星野リゾートが離れたあとも運営会社の交代は続き、ザ・レジェンド・ホテルズ&トラストが受け皿になった時期もありました。
ただしこの体制も長くは続かず、本格的な再開に至る前に運営から退いています。
以下の表で、よく見かける受け止め方と、資料から確認できる事実を並べてみます。
| よく見かける受け止め方 | 資料から確認できること |
|---|---|
| 星野リゾートの経営が行き詰まって潰れた | 星野リゾートは運営を任されていた側で、持ち主ではない |
| 撤退と同時にホテルが閉まった | 撤退後も運営会社を替えながら営業が続いた |
| 撤退したから施設が売られた | 売却は7年後の2018年で別の出来事 |
つまり潰れたのではなく、運営を任される会社が入れ替わり続けた宿だった、というのが実際のところです。
星野リゾートが撤退する確率と判断基準
星野リゾートがどれくらいの割合で運営から離れるのか、その数字が公表されたことはありません。
ただ、この会社の成り立ちを知っておくと、離脱が起きる場面はある程度イメージできます。
星野リゾートは建物を自分で買い取るのではなく、持ち主から運営を任される形で施設を増やしてきた会社です。
だからこそ、持ち主との契約が満了したり、方針がすれ違ったりすれば、運営から離れることは十分に起こり得ます。
実際、ロテルド比叡で運営会社が変わった経緯も、同じ受託契約の終了という形で説明されています。
判断材料として挙げられるのは、持ち主の意向、契約の残り期間、施設の収益性、そして建物の維持にかかる費用あたりでしょう。
タラサ志摩の場合、持ち主だったアールビバンの側で宿泊者数も客単価も伸び悩み、営業損失が積み上がっていたことが開示されています。
また、バブル期に建てられた建物だけに、設備を保つための投資判断も避けて通れないテーマだったはずです。
もっとも、これらはあくまで背景として読み取れる材料であり、離脱の直接の原因として断定できるものではありません。
撤退という語感につられて経営難と結びつけてしまいがちですが、運営を任される側と任せる側では立場がまったく違う、という点は押さえておきたいところです。
星野リゾートが公表しているのは、任された宿をどう立て直すかという方針であって、契約を終える基準ではありません。
そのため外から確率を計算しようとしても、根拠のある数字にはたどり着けないのが実情です。
むしろ見るべきなのは、その施設の持ち主が誰で、いつまでの契約なのかという一点でしょう。
タラサ志摩のように持ち主が大きな投資判断を抱えていた宿では、運営会社が入れ替わる余地は初めから残っていたと言えます。
現在は「大江戸温泉物語 TAOYA志摩」に
建物と土地は2018年10月に大江戸温泉物語へ譲り渡され、大がかりな改装を経て生まれ変わりました。
新しい宿の名前はTAOYA志摩で、グランドオープンは2019年4月19日です。
TAOYAは大江戸温泉物語グループが展開するブランドのひとつで、追加の支払いを気にせず過ごせるオールインクルーシブが柱になっています。
看板になっているのは海へ視界が抜けるインフィニティ温泉で、SUNRISEとSUNSETの2つの浴場が用意されました。
タラソテラピーという海洋療法を売りにしていた頃とは違い、日本人になじみのある温泉を中心に据えた組み立てへ切り替わっています。
館内には星を眺めながら足を浸せる星空テラスや、作品を飾ったスターダストギャラリーといった空間も設けられました。
下の表で、タラサ志摩の頃とTAOYA志摩とで何が入れ替わったのかを整理してみます。
| 項目 | タラサ志摩の頃 | TAOYA志摩 |
|---|---|---|
| 売り | タラソテラピー | インフィニティ温泉 |
| 夕食 | コース料理が中心 | 約100種類のバイキング |
| 料金の考え方 | 都度の追加払い | オールインクルーシブ |
| 客室 | 全室が海向き | 全123室 |
名前も中身も変わりましたが、海を正面から眺められる立地の良さはそのまま引き継がれていますよ。
改装では海に向かって視線が抜ける浴場が整えられ、宿の顔そのものが入れ替わりました。
食事も個別に運ばれるコースから、好きなものを取りに行くバイキングへ移っています。
浴衣で館内を歩ける設えになり、構えずに過ごせる旅館らしさが前に出ました。
大江戸温泉物語は各地の宿を引き受けて建て直してきたグループで、その手法がここでも使われた形です。
タラサ志摩という名前は看板から消えましたが、建物そのものは取り壊されることなく使われ続けています。
平成の思い出としてのタラサ志摩
タラサ志摩は単体のホテルとして計画されたわけではなく、志摩芸術村という大きな構想の中核として位置づけられていました。
この構想はパールロード沿いの観光開発に応じる形で動き出し、事業会社が設立されたのは1972年までさかのぼります。
計画されていた敷地は73.6ヘクタールという広さで、ビーチゾーン・タラソテラピーゾーン・芸術村の3つの区域を組み合わせる青写真が描かれました。
芸術家が滞在しながら制作に打ち込める場をつくる、というのが芸術村の狙いだったそうです。
ところが実際に形になったのは、タラサ志摩と、内藤廣が設計した海の博物館、そして志摩ミュージアムのほんの一部でした。
志摩ミュージアムは1993年に竣工し、地元の作家の作品を並べてミニコンサートも開くような場所でしたが、のちに閉じています。
それでも中核施設のタラサ志摩は、日本初の本格的なタラソテラピー施設として女性誌に取り上げられ、確かな存在感を放ちました。
全室から海を望める客室に、海水を使ったプールやジャグジーという組み合わせは、当時としてもかなり贅沢だったはずです。
美容や健康に関心のある層が繰り返し訪れ、カップルや家族連れ、女性同士の旅先としても選ばれていました。
ただ、平成という時代の後半に入ると、旅行に求められるものそのものが変わっていきます。
海外のリゾートが身近になり、国内の宿には価格と体験のつり合いがより強く問われるようになりました。
タラサという名前は消えましたが、あの海沿いで過ごした時間を覚えている人は今も少なくないでしょう。
タラソテラピーという言葉自体、開業当時の日本ではほとんど知られていませんでした。
海水を温めて体を巡らせるという発想は目新しく、雑誌で取り上げられるたびに関心を集めたそうです。
パールロードを走って坂を上がると視界が開ける、あの道中まで含めて覚えている人もいるでしょう。
近くには海の博物館が移ってきており、宿と展示を組み合わせて過ごす楽しみ方もありました。
構想の大半は形にならずに終わりましたが、残った施設が地域の観光を支えてきたのは確かです。
タラサ志摩の星野リゾート撤退後の評判と現在
プレミアムホテルの世界線
- 口コミから見る運営の変化
- エステ施設の変更点と特徴
- TAOYA志摩の宿泊サービスと特徴
- 料金やコスパはどう変わった?
- 立地やアクセスの変化
- 今後の展望と観光地としての価値
ここからは、運営が入れ替わったあとの宿がどんな性格になり、いま泊まるとどう感じられるのかを順に見ていきます。
口コミから見る運営の変化
宿の性格が変わると、寄せられる声の中身も自然と変わってきます。
いちばん大きいのは食事の形式で、コース仕立てだった夕食がバイキングレストランUndulationでの食べ放題に切り替わりました。
目の前で仕上げてくれるライブキッチンが置かれ、出来立てを取りに行けるつくりになっています。
この変化を歓迎する声がある一方で、落ち着いて味わう時間が減ったと受け止める人もいて、評価はきれいに割れます。
接客の印象も変わり、かしこまった距離感から、気やすく声をかけてもらえる雰囲気へ寄ったという受け止めが目立ちます。
反対に、以前のような静けさや特別扱いを求めていた人には物足りなく映るようです。
いっぽうで評価がはっきり上がったのが風呂まわりで、海へ続いて見える露天の眺めを挙げる声が多く見られます。
海水を使った施術を軸にしていた頃と比べ、温泉として素直に楽しめる点が支持を集めた形ですね。
バイキングそのものへの評価がどう分かれているかは、大江戸温泉物語の食事に寄せられた声をまとめた記事のほうが詳しく扱っています。
総じて、静かに過ごす宿から、家族や友人と気楽に楽しむ宿へと客層ごと入れ替わった、と考えると分かりやすいと思います。
そもそも、宿泊者が何を目当てに来ているのかが変わった点は押さえておきたいところです。
以前は施術と静かな時間を求める人が中心で、滞在の評価もそこに集まっていました。
いまは温泉と食事を家族で楽しむ人が多く、寄せられる声もその二つに集中しています。
浴場については、朝と夕とで表情が変わる海の眺めを挙げる人が目立ちます。
日の出の時間帯に入れる点を評価する声もあり、早起きして向かう人もいるようです。
設備の面では、開業から年数が経った建物であることに触れる声も一定数あります。
手が入っているとはいえ、新築の宿と同じ感覚で比べると差を感じる場面はあるはずです。
混み具合は食事どきに集中しやすく、時間をずらして向かう人ほど快適に過ごせています。
エステ施設の変更点と特徴
タラサ志摩の看板だったタラソテラピーは、海水や海藻など海の恵みを使って体を整える施術でした。
海水を張ったプールやジャグジー、海洋成分を使ったトリートメントが並び、美容と健康を目的に訪れる人を引き寄せていました。
ところがTAOYA志摩への切り替えでタラソテラピーの設備は姿を消しています。
いま館内に用意されているのは、温泉とあわせて楽しむタイプのリラクゼーションです。
全身をほぐす施術のほか、足つぼやオイルを使ったメニューが有料で受けられます。
受付の時間帯は15時から23時までとされており、風呂上がりに寄る流れで使いやすい設定になっています。
ひと休みするだけなら、大浴場のすぐそばにある湯上り処のマッサージチェアが無料で開放されています。
さらに、足湯に浸かりながら夜空を見上げられる星空テラスも用意されました。
海の療法を目当てにしていた人にとっては、看板が下ろされた寂しさは確かにあると思います。
ただ、身構えずにふらっと寄れる場所が増えたという意味では、使い勝手はむしろ良くなったと言えそうです。
タラソテラピーの設備は海水を汲み上げて温め、循環させる仕組みが欠かせません。
維持には手間も費用もかかるため、宿の方向性を変える際に見直されたと考えられます。
いまのリラクゼーションは枠が埋まることもあり、受けられる時間帯が日によって変わります。
気になる場合は、到着してすぐフロントで相談しておくと動きやすいですよ。
施術を受けなくても、湯上がりに体を休められる場所が館内のあちこちに用意されています。
ラウンジで飲み物を手に取りながら過ごす時間も、広い意味では同じ役割を担っています。
海洋療法という専門性は失われましたが、宿全体でくつろがせる方向へ組み替えられた形です。
どちらが良いかは目的次第で、体を整えに行くのか、のんびりしに行くのかで評価は変わってきます。
TAOYA志摩の宿泊サービスと特徴
TAOYA志摩の性格をひとことで言えば、温泉と食事を追加料金なしで楽しみ切る宿です。
浴場はインフィニティ温泉SUNRISEとSUNSETの2つで、湯船の縁の先に伊勢湾が広がって見えます。
泉質は単純泉で、運び湯を加温したうえで循環ろ過する方式が採られています。
入浴できる時間はおおむね朝5時から深夜0時までと長く、到着後でも出発前でもゆっくり浸かれますよ。
客室は全123室あり、館内では浴衣に着替えて過ごせるので、旅館らしい気分も味わえます。
食事はバイキング形式で、夕食は約100種類ものメニューが並ぶ規模です。
三重らしい郷土の味も組み込まれ、ライブキッチンでは仕上げたばかりの料理を受け取れます。
そしてTAOYAブランドの核になっているのが、宿泊料金に含まれるインクルーシブメニューです。
到着時のウェルカムドリンクに始まり、滞在中のソフトドリンクや生ビール、アイスキャンディーが用意されています。
夜にはお夜食のサービスもあり、財布を気にせず過ごせるのがこの宿の持ち味になっています。
館内にはラウンジや星空テラスも整えられ、部屋と風呂を往復するだけで終わらない時間の使い方ができます。
2つの浴場は男女で入れ替わる運用が採られており、滞在中に両方を試せます。
SUNRISEは朝の光を、SUNSETは日が落ちる時間帯を思わせる名前になっています。
湯上がりには湯上り処が用意され、マッサージチェアを無料で使える点も助かるところです。
客室は海に向いた造りが基本で、窓の外に広がる開放感はタラサ志摩の頃から変わりません。
館内着として浴衣が置かれているため、荷物を軽くして出かけられます。
朝食もバイキングで、土地の食材を使った料理が並ぶ構成になっています。
星空テラスは足湯に浸かりながら夜空を見上げられる場所で、夕食後の散歩先にちょうど良いですよ。
ギャラリーには作品が飾られ、館内を歩くだけでも時間をつぶせるつくりです。
1階のラウンジでは飲み物を自由に取れるので、部屋に戻らずに過ごす人も多いようです。
料金やコスパはどう変わった?
価格帯は、タラサ志摩の頃と比べてはっきり下がりました。
公式に示されている目安は、スタンダードルームの1泊2食付きで大人1名9,980円からという水準です。
この金額はサービス料込みで、消費税と入湯税は別に必要になります。
ただし宿泊料金は時期や曜日で動くため、予約サイトによっては2万円台の表示になっていることもあります。
実際に予約する際は、泊まりたい日の販売価格を見て判断するのが確実ですね。
かつてのタラサ志摩は、コース料理と海洋療法を組み合わせた高級路線の宿でした。
いまはバイキングとセルフサービスを取り入れて運営の手間を抑えるつくりに変わり、その分が価格に反映されています。
飲み物や夜食が宿泊料金に含まれる分、滞在中に財布を開く回数が減るのも効いています。
もっとも、静かに過ごす特別感を求める人には、以前との落差を感じる場面もあるはずです。
どんな仕組みで価格を抑えているのかは、大江戸温泉物語が手頃な価格を保てる理由をまとめた記事で詳しく触れています。
以前のタラサ志摩では、施術やコース料理をその都度追加していく組み立てが基本でした。
そのため、何をどこまで頼むかで最終的な支払いが大きく動く宿でもありました。
いまは飲み物や夜食が最初から料金に含まれているので、精算時の読みが立てやすくなっています。
生ビールが含まれる点は、夕食のたびに追加していた人ほど差を感じやすい部分でしょう。
いっぽうで、リラクゼーションの施術は別料金なので、そこは分けて考える必要があります。
入湯税も宿泊料金とは別に必要になるため、表示された金額だけで比べると誤差が出ます。
人数や部屋の広さによって1人あたりの負担も変わり、複数人で泊まるほど下がる傾向です。
同じ日程でも予約経路によって条件が違うことがあるので、含まれるものを見比べてから決めたいですね。
立地やアクセスの変化
建物の場所そのものは、名前が変わっても動いていません。
住所は三重県鳥羽市浦村町白浜1826-1で、伊勢志摩国立公園の中、パールロード沿いの海に面した一角です。
変わったのは駅からの足で、鳥羽駅からの送迎バスには片道110円の送迎協力金がかかるようになりました。
かつて無料で走っていた頃の案内が残っているため、ここは思い違いをしやすいところです。
利用には事前の申し込みが必要で、締め切りは宿泊前日の18時までとされています。
当日の申し込みは受け付けていないので、旅程を組む段階で押さえておきたいですね。
下の表は、鳥羽駅とホテルを結ぶ便の発車時刻をまとめたものです。
| 方向 | 発車時刻 | 目安の所要時間 |
|---|---|---|
| 鳥羽駅からホテルへ | 14:15 / 15:30 / 16:45 | 約25〜30分 |
| ホテルから鳥羽駅へ | 9:00 / 10:00 / 11:00 | 約25〜30分 |
時間に縛られたくないなら、タクシーを使うか車で向かうほうが気楽かもしれません。
駐車場は120台分が無料で用意されているので、車移動との相性は良いほうです。
伊勢神宮や鳥羽水族館とあわせて回る人も多く、拠点として使いやすい位置にありますよ。
車で向かう場合は、伊勢自動車道の伊勢インターチェンジからおよそ30分の道のりです。
途中はパールロードを走ることになり、海を見下ろす区間が続きます。
公共交通だけで動くなら、鳥羽駅までの列車と送迎便の時刻を先に合わせておくと迷いません。
チェックインは15時からなので、午後の便に合わせて到着するのが素直な組み立てです。
今後の展望と観光地としての価値
TAOYA志摩は、手の届く価格で温泉を楽しめる宿として位置づけが固まってきました。
運営する大江戸温泉物語グループはTAOYAブランドを各地に広げており、同じ志摩エリアにはTAOYA南志摩も置かれています。
ひとつの地域に複数のブランド施設を構えることで、送客や運営のノウハウを重ねやすくなる面はありそうです。
伊勢志摩そのものの吸引力も、そう簡単には落ちないでしょう。
伊勢神宮という国内屈指の参拝地があり、入り組んだ海岸線の景観も国立公園として守られています。
海外からの旅行者が戻ってきている流れを踏まえると、こうした宿が受け皿になる場面も増えていくはずです。
いっぽうで、静かに過ごす高級路線を望む人にとっては、かつてのタラサ志摩とは別物と受け止めるほうが自然です。
その層に向けては、同じ伊勢志摩エリアの別の宿が受け皿になっている、という住み分けが進んでいます。
今後どんなプランや催しが加わるかは公表されている範囲では読み切れませんが、温泉と食事を軸にした方向は当面続くとみられます。
星野リゾートの名前が離れて十年以上が経ち、この海沿いの宿は違う形で根を下ろした、ということなのだと思います。
大江戸温泉物語は湯快リゾートとの経営統合を経て、国内の温泉宿では屈指の規模になりました。
規模が大きくなるほど、仕入れや人の配置を融通しやすくなるのは想像がつくところです。
その体力があるからこそ、年数の経った建物を引き受けて手を入れる選択ができるとも言えます。
タラサ志摩が抱えていた維持費の重さは、グループ全体で受け止める形に変わりました。
とはいえ建物が古いという条件そのものは消えないので、改修の判断は今後もついて回ります。
宿泊者としては、いま楽しめる温泉と食事に目を向けるのが素直な向き合い方かもしれません。
総括:タラサ志摩の星野リゾートの撤退の背景とその後
- タラサ志摩は1992年8月に志摩東京カウンティが開業した
- セゾングループの堤清二肝いりで約250億円が投じられた
- 日本初の本格的なタラソテラピー施設として注目された
- 親会社の西洋環境開発が2000年に特別清算を申し立てた
- 翌年に民事再生法を申請し負債は191億6千万円だった
- その後アールビバンが買収し17年にわたり保有した
- 星野リゾートは2009年12月から運営を受託した
- 子会社の志摩ホテルマネージメントが現場を担当した
- 2011年に星野リゾートは運営から離れている
- 撤退後も営業は続き潰れたわけではない
- 施設売却は2018年で撤退とは別の出来事だった
- 大江戸温泉物語への譲渡価額は15億3000万円だった
- 2019年4月19日にTAOYA志摩がグランドオープンした
- 売りはインフィニティ温泉とオールインクルーシブへ移った
- 鳥羽駅からの送迎は片道110円の協力金制になった

